パパはギャンブル依存症

依存症者を抱える家族の話

【近況】共依存の自助グループで共感の嵐

パパのギャンブル依存症が分かってから、家族の自助グループへ足を運び始めて4〜5ヶ月経った頃に、ご縁あって新しく始まる共依存をテーマにした自助グループに繋がることが出来た。

 

その会に出るまで『共依存とは何か?』を理解していなかったこともあり、自分が共依存だということにもそれほど自覚がなかった。

 

でも初めて参加した時から

 

「自分がいる。。!!」

 

と、思うほど共感出来る話ばかりで、自分が共依存だということや、それがアダルトチルドレン(AC)から来ていることを知った。

 

アダルトチルドレン(AC)について名称は知っていたし、機能不全家庭に育った自分もそうなんだろうなぁくらいに思っていたのだが、それが今の共依存な自分に影響し、人生に強い影響を与えてることを知った時は衝撃的だった。

 

共依存自助グループが始まってからまだ2ヶ月ほどだが、パパのギャンブル依存症のことを抜きにしても、自分自身の『回復』のために私にとって必要不可欠な時間となっている。

 

毎回沢山気付くことがあり、その都度自分を振り返る。自助グループの時間が終わってもその日1日は色々思い返しては、色々感じることがあり、とても勉強になる。

 

共依存について向き合っている時間は、本当に『自分のためだけの時間』だと思える。

 

共依存症の人は何かをしていても別のことを考えていたり、常に自分以外の人のことを気にしていることがよくある。

 

私もよく1人で居るときに、パパのこと、子供達のこと、嫌な人のこと等々。。自分以外の人のことを延々と考えているので、共依存自助グループへ参加した日は唯一『自分のこと』を考える時間を持ててるなぁと感じる。

 

2017年5月に、パパの多額の借金と共に浮気も発覚し、人生で1番といっていいほど心身共にドン底な状態になった。

 

数週間眠れず食べず、精神的な塞ぎ込みだけでなく、初めての過呼吸を起こしたことで「このままではいけない!」と思い、今までずーっと躊躇していた精神科に勇気を出して行ってみることにした。

 

初めて出会った精神科医はとてもゆるーい先生で、事前に記入した問診票を元に、開口一番

 

『あなた自分のために生きたことないでしょ!』

 

と、言ってきた。

 

『??????』

 

今思えばそれは私の『共依存』を暗示した発言だったのだが、その時の私には先生の言葉の意味が全く理解出来ずに頭の中は「?」だらけだった。

 

『とにかく頭の中で考えが止まらなくなったら、強制的に眠ってでも考えるのを辞めるといいよ』

 

と、その時は頓服で1番弱い抗不安薬を出してもらった。

 

頭の中でぐるぐるが始まったら服用し、強制的ではあったけれど、久しぶりにまとまった睡眠を取ることが出来た。

 

この時、先生は『共依存』という言葉は使ってなかったけれど、共依存自助グループへ参加した今、あの時に精神科の先生が開口一番に言っていた言葉が共依存症の私を表していたんだなぁと、すごく腑に落ちている。

 

通い始めて1〜2ヶ月で妊娠が発覚し、薬が飲めなくなったことで精神科への通院は一旦お休みとなったのだが、最後に。。

 

『もーね!後は気合で!気合で乗り切ってね!』

 

と、言っていた。

 

すごく適当な先生に思えるが、

 

『本当にどうしようもない時は、いつでもおいで!』

 

と、言ってくれたので安心して心強く通院をお休みすることが出来ている。

 

敷居が高い気がして何年も精神科へ行くことを躊躇していたのだが、ゆるーい先生に出会った事で、そういった気持ちもなくなっていった。

 

その先生のゆるーい感じを羨ましいと思ったほど。

 

今後の目標としては、自分以外の人に振り回されず、少しずつでも自分を軸にして考えられるように『回復』していきたいなぁと思っている。

 

そのためにも大切な自助グループへの参加を続けて行こう。